貴状、秘密大乗は、金剛薩埵より竜樹に伝う、云々。知れ切ったことなり。予はその伝説について異義あるにあらず。ただし予はわが真言徒に何たる断見あるものの少なき、かの卑近最賎の小乗の、猫を見て礼したり、女が縫い物をするところを後ろからふとんをかぶせて姦したものは、何々の罰というようなつまらぬことを、至れり悉せりと称揚する小乗、およびそれを分かりやすいからほめる洋人などの説に雷同し、仏教は(大乗を入れて一概に)無神教なりとか(大乗は大日およびその他無数の神を尊奉す、断じて無神教にあらず)、また、人間の至近な得手勝手から(中江(兆民)いえるごとく)この世で自分らがこの貧困に住み、不義理なことばかりして、貧乏困渋すればとて、たちまち万有みなかくのごとしと悪く思い取り、寂滅入涅槃、何にもしらずにねころびあるく猫を羨むような小乗などと同視さるるを、ひたすら耶蘇教と異処あれば、あればよいことと心得よろこび、晏子の御者然と驕りほこるを不可不似合いといいしなり。
大乗は望みあり。何となれば、大日に帰して、無尽無究の大宇宙の大宇宙のまだ大宇宙を包蔵する大宇宙を、たとえば顕微鏡一台買うてだに一生見て楽しむところ尽きず、そのごとく楽しむところ尽きざればなり。涅槃というは、消極性の詞なり。すでにこの世に飽いて涅槃をのぞむ。涅槃に入れば、また涅槃を飽き厭うに及ばん。また、この世に飽くというも、実際お迎えは延期を乞うような自家衝突のぶらぶら不定の想に過ぎず。故に大乗徒が小乗徒と同視さるるを喜悦するなどは、小生もっとも不同意なり。
次に、貴下は禅を喜ぶとか。しかして弘法大師、<この山よろしく禅定すべし、云々>といい来たる。しかり、予もこれを知る。ただし真言にいう禅定というは、静意観念して、宇宙の外を包む大なるものとおのれと結合し、無尽の安楽を取るの謂いにして、今日の棒で頭をたたいたり、宋元の時代のべらんめい語、糞橛とか屎尿滾々とか、なんとかかとか、同時代にできた『水滸伝』の李逵、魯智深等、博徒・草賊の激語と同一のものをもって、埒もなきことを公案として舌戦する。そのことすでに不立文字というに背けば、達磨の禅の本意ともまるでちがえり。俗語でいわば、さなにか分からぬ、なぞをかけてみよ、即席に「よしこの」で答えて見せるというような落語家の根性なり。
故に真言の禅定と、鎌倉やそこらの喝一喝などの、立文字、不離文字の禅と同一といわんには、白も黒にして智も愚なり。
終りに臨んで一言す。目下念仏宗わが国に盛んなり。他宗の比すべきにあらず。ただし、この宗は今日また今後の世に莅んでは、まことに無意味、浅はかなものと思う。故に早晩取って代わるべきはわが真言なり。
ついでに申す。念仏ということも弘法大師はいうたが、前述禅定と今日の口頭禅とちがうごとく、心の中で仏を念ずるというと、ぶつぶつと口で念誦せよというは大ちがいなり。予これまで親族などの中に寺詣りすること荐りなる女をみるに、みな若いとき淫奔の行い等面白からぬことありし人のみなり。さてこの輩は真言などは面白からずとて、みな念仏に帰す。
次に科学を真言の一部として(せずとも実際然り)、宇宙一切を順序立て、人々の心の働きの分に応じて、宇宙の一部を楽しむことをせしめてみよ。いかなるものも心内の楽は数で算えられぬものゆえ、自分の随喜執心次第でいかほどにも深く長く楽しみうるなり。
欧米にはこのことの素養を懈りしゆえ、今はただただ数量上の勘定から、有限の物体上の快楽のみを貪り、社会党とか無政府党とかいうものも出で来たれり。
今日の急務は、仁者の説のごとく闇黒社会を照らすにあり。しかして、そのこれを照らさんとする人の闇黒なる、急務の第一たる教理と実功と相同相応すべき科学(科学とは他の宗は知らず、真言曼陀羅のほんの一部、すなわちこの微々たる人間界にあらわるるもの、さてあらわるるもののうち、さし当り目前役に立つべきものの番付を整え、一目瞭然で早く役に立つようにする献立表を作る法に過ぎず。原子といい、進化といい、ほんの曼陀羅の見様の相場付の定度なり。何の根柢あることにあらず、故に真言の本義深奥処に比ぶれば、衣裳をなす糸条と外面人目に反射して現出する紋とほどちがうなり。物界に限らず、心界、事理界のこと、みな、科学をはなれて研究も斉列もできず。いいようを換えれば、大日不可思議本体中、科学はわずかに物界、心界、事理界等の人間にようやく分かりうるほどの外に一歩を出だし能わず)をば忽諸に見、しかして口少なき息男が隣家の秘蔵娘をむしむし慕うごとく、または男悪しき下男が主人の寡婦を思いつめるがごとく、二六時中不断、入我我入とか不二法門とか三千一如、十如一切とか、何千年いうも分かりきったこと(道義学の仁義、忠孝等を何千年いうも、その外のことは見出さぬ、とバックルがいいしごとく、すなわち姦通を正しとする世に貞操の何たるかを説き、不孝を正しとするところに孝を説いても、その世に応用なき故なり)をむしむし、くり返し、酒のみのたわ言のごとくいいつづけて自癖狂となりたりとて、それが宗教全体また社会のおのれの外の人に何の益ありや。もし人に問われて、入我我入等の理を今日にも通じ明日にもまた通ずるように説かんとせば、やはり科学の外にその方法を見ず。
(明治36年、数多くの往復書簡を重ねた高野山金剛峯寺の土宜法竜への書簡(禅を口にした土宜法竜への痛烈な批判が見える真言曼陀羅論、抜粋))
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【参考文献】
★『南方熊楠全集』(平凡社、1971年~)
★『南方熊楠 地球志向の比較学』(鶴見和子、講談社学術文庫、1981年)
★『南方熊楠 萃点の思想―未来のパラダイム転換に向けて』(鶴見和子、藤原書店、2001年)
★『クマグスの森―南方熊楠の見た宇宙』とんぼの本(松居竜五・ワタリウム美術館、新潮社、2007年)
★『南方熊楠の森』(松居竜五・岩崎仁編、方丈堂出版、2005年)
★『森のバロック』(中沢新一、講談社学術文庫、2006年)