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空と海と風と 夫婦で愉しむ道草遍路  第十二回

◆第2日目(1998年8月11日)--日本最古の人物像は女神であった?--

 松山午前9時発。晴天。国道33号線を一路高知へと向かう。約150キロの道程で3時間の山越え。四国山脈横断である。例によって何でも見たがり屋の妻の意向を優先して、今回も方々寄り道を計画している。

 三坂峠を越え、久万町を過ぎて十一時頃、美川村に入る。この辺りは四国の最高峰・石鎚山の西山麓の山地で標高約400メートル。山間を流れる久万川の清 流をはさんだ美川町上黒岩の川沿いの道路で下車。ここで四国の洞穴遺跡「上黒岩遺跡」に立ち寄る。あまり知られていないが、今から約12000年前の縄文 時代の遺跡である。  住居跡の洞穴を見たあとで物置き小屋かと見まごうような殺風景な展示室に入ると、暇をもて余していた管理の老人が、にわかに張り切って私たちに考古学の 講義を始めた。出土品の中には世界でも最古級の土器と見られる細隆起線文土器の遺物などもあり、考古学上極めて貴重なものであるそうな。

 老人の言う最も注目すべき遺物は、直径五センチほどの扁平な石であった。線刻女性像(女神石)と呼ばれるその石には、腰蓑だけ付けた裸体の女性が刻まれ ているというのだが、目を凝らしても判然としない。すると、老人はこの左右四本ずつの線が胸に下がった髪の毛であり、少し垂れておるがこれが乳房だと説明 する。まだそうは見えないと言うと腰蓑らしきすだれ状の線の中を指し、この逆三角形のところが観音様じゃと言われて、ようやくそれらしく見えてきた。
「日本最古の人物像は、この石に刻まれた早期縄文時代の女神像である」、老人は熱弁を振った。考古学上日本最古の人物像は女神であったことを教えられた私は、妻を愛車に乗せて先へ行く。彼女の道草ではいつも妙な発見をする。

 面河川に沿って国道を走り、途中で「御三戸嶽」の「軍艦岩」を見る。夏まっ盛りの河原はキャンプ客で賑わっている。リタイアしたらキャンピングカーでも買って、アウトドアライフを楽しもうと計画している二人は下見も忘れていない。

 正午、濃緑の水面と山に囲まれた柳谷湖畔のレストランで昼食をとると、まもなく県境。柳谷村から越智町(高知県)に入ると、国道をそれて山中へと向か う。狭い林道を奥へ奥へと進んで車の行けなくなった所で駐車。それから、湿性植物の群生する沢伝いの細道を登って行く。  初日はやはり足が重い。日頃の運動不足の解消もあってこんなところを歩いているのだが、どこに向かっているのかというと、滝を見にやって来たのである (どういうわけか二人とも滝が好きである)。  吹き出す汗を拭う頃、前方の崖に一筋白蛇が躍り昇っているような滝が見えてきた。直下から仰ぎ見る「大樽の滝」は、4億年以上も昔の花崗岩の断崖から、 34メートルの落差をもって落下している。辺りの森陰には水音がいんいんと響いている。霧雨のような滝の飛沫を浴びながら、私たちは一年と二ヶ月間の仕事 の垢を洗い流した。

 3時頃、安徳天皇伝説を伝える「横倉山」に寄って、あとはそのまま高知市内に入った。
 バリバリバリ! ダダーン!
 突如、耳をつんざくような音がした。
 高知市内を運転していた私は驚いて歩道を見ると、車道脇に駐車してあった黒塗りのトラックからボリュームをいっぱいに上げたビート音が流れ出した。と同 時に、それまで歩道に真っ黒な衣装を着て列をなしてしゃがみこんでいた少年たちが、一斉に立ち上がるや否や、強烈な音とリズムに乗って踊り出す。

 たちまちにしてあちらの商店街、向こうの大通りに伏せていたサイケデリックな格好をした何百人という若者や娘たちが姿を現わす。街角のそこここに、大型 アンプを搭載して奇抜な意匠を凝らしたトラックから片っぱしからパンチのきいた電子音が鳴り響くと、まるで地の底から湧き出てきたかのような原色の若者た ちの群れが街中を覆い尽くす。黒い集団、緑の集団、ピンク色の集団など、それはあっという間に街中を乱舞と熱狂の渦に巻き込んでしまった。高知の「よさこ い祭り」である。 「祭りのどまん中に来ちゃったぞ」 「今日がよさこい祭りだとは知らなかったわ。すごい迫力ね」 「交通規制しているとは思うが、予定通り高知城に行ってみるかい」  だが、妻が見学したかった高知城は、思わぬ祭りに出会して入城できなかった。その代わりに、エネルギッシュな土佐のよさこい祭りを見に、城山の中央広場 に行く。
「若い人はリズム感が豊かね」
 妻は、仮設舞台に次々と繰り出す集団のモダンダンスにしきりに感心している。予期もしなかった祭りを楽しむことができたのも、旅の愉快なハプニングである。

 高知市内を抜けて仁淀川を渡れば、土佐市である。 私たちは、一昨年間違えた海岸線の国道をそのまま宇佐へと向かった。第三十五番札所・清滝寺の山を下った「へんろ道」は、仁淀川に沿って海へ向かって延び てゆく。海の道に出れば、須崎市方面から延びてきた横波半島の東部先端が大きな島のように目近に迫ってくる。昔は「竜の渡し」があってお遍路さんで賑わっ たそうだが、今は観光道路横波黒潮ラインに通じる宇佐大橋が架かっている。260円支払って橋を渡って、半島の宿に着いたときは7時になっていた。

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