文献考証学を中心とした近代仏教学では
「空海」がまったくわからない本に出会った
松岡正剛著『空海の夢』
空海を仏教学で読めない本に遭遇して
私の生半可なアカデミズムは終わった
『空海の夢』と格闘すること十五年
やっと空海と松岡さんが見えてきた
私の空海密教の理解、大げさに言ってしまえば私の空海学は、この本なくしてはあり得なかった。またこの本をご縁に出会うことができた松岡正剛さんとその後仕事を共にしなかったら、私は空海知らずの真言僧のまま終わっていた。
その松岡さんは空海の専門研究家ではない。いわば空海密教や真言教学の外の人だ。
アートも数学も哲学も宗教も歴史も言語も文化人類学も生命科学も経済も、また雑誌編集も出版も著述も講演も大学教授も情報もネットワークコミュニケーションもデジタル技術もソフト開発もイベント監修もディレクションもプロデュースもナビゲーターも、神代史も万葉も古今・新古今も日記も日本文学も国学も俳句も連歌も侘び寂びも茶の湯も茶室も茶道具も枯山水も山水水墨画も書も能も歌舞伎も空間デザインも建築も音楽も、何でも極上の「知」をハイパーリンクして「編集」をしてしまう人だ。私は最近松岡さんを「日本文化の目利き」と言っている。その人が書いた空海、そこが新しくてかつすごいのだ。
この稿は、この『空海の夢』を私がどう苦闘しながら読んだか、その思い出を書くつもりで書きはじめたのだが、いつの間にか一章ごとのノートになってしまった。この十数年間の『空海の夢』読書メモや書き留めがだんだん思い出され深みにはまった。松岡さんや高橋秀元さんは笑うだろうが、不遜を省みず駄文に愚考を繰り返した。どうかお許し願いたい。
●異様な本との出会い
今から約十五年前、摩訶不思議な空海の本に出会った。松岡正剛著『空海の夢』の初版本である。それまでに、私は渡辺照宏先生の『沙門空海』をはじめ、弘法大師空海に関する仏教学者が著した名のある本はひと通り目を通していたのだが、読んでわからないという本はなかった。
ところが、読んでわからない本に出会ったのだ。『空海の夢』は明恵上人の「夢」と著者松岡さんの夢からはじまる。後日、その頃松岡さんが空海の夢をよく見ていたことを知ったのだが、そうした事情も知らない初見の私には最初からこの本は異様でよくわからない出だしの本だった。
私は、うかつにして松岡正剛という人と工作舎の『遊』という前衛雑誌を知らなかった。当時の私の常識では、仏教学界や真言宗関係学界にいない人が空海を書いたところで、それは信用性に乏しいものだった。だからあまりまともに読む必要のないもの、そうかたづけてしまうものだった。
しかし、「1--空海の夢」を読むにしたがって、これはただものではないと思いはじめた。まず、文章が断定的で自信にあふれているというか、しかも、明恵上人の『夢の記』が登場したかと思うと、こんどはジョルジュ・バタイユの『眼球譚』と振られ、まもなく私がヨーガの研究でお世話になったミルチア・エリアーデが出てくる。空海を書くのにこんな視点で書く人を私ははじめて知った。この新しい驚きに引きずられ、『空海の夢』という本が私のなかに不気味に入ってきた。
これも後日知ったのだが、『空海の夢』は松岡さんが工作舎を離れたあと、はじめての書き下ろしだそうだ。最近発刊された『遊学 I II 』(中公文庫)は『遊』の時代の文だそうだが、『空海の夢』とよく文章が似ている。『遊学 I II 』を松岡さんは若書きと自評しているが、それと同じ頃の『空海の夢』はそれなりに気にいっているらしい(千夜千冊『三教指帰』)。松岡さんが四十才の頃の著述である。
私などにすれば、この若さで若書きにしろ何にしろ「空海を書く」ということ自体が破天荒なのであり、私の常識では不可能なはずのことだった。
上巻の「一途半生(早稲田のことは夢之亦夢)」に詳しく書いたが、私はこれでも一応は学術に近い世界で仏教を勉強してきた。その背景となるインドの宗教や哲学や言語も勉強した。中国の儒家の思想も老荘思想も神仙思想も道教もひと通り学んだ。独学ながら密教や空海のことも少しは気をつけて見てきた。しかし、周囲には四十才で空海を著す人はいなかった。仏教界ではそれが常識だった。当然私など埒外である。松岡正剛っていったい何者なのだ、と思いながら難解な文を目で追う夜が続いた。
しかし、やがて限界が来た。「2--東洋は動いている」はインドをやった私には目からウロコの章で、ゾクゾクしながら読みふけったのだが、「3--生命の海」で急にダウンした。生物学や生命科学が空海に絡み、生命が意識をもったことと、意識のコントロールとしての仏教とが、空海をはさんでもつれるのである。私は密教を勉強していながらはじめて突きつけられた「生命の海」の視座のところで立ち止まってしまったのである。
本は一度手を離すとまた手にするまで数年あるいは数十年かかる。一度途中まで読んだまま二度と手にしなくなる本も多い。初版本への挑戦はこの「生命の海」というすばらしくメタフィジカルな章題の先で敗退した。とても新鮮で心をときめかしながらも、読み進めないもどかしさにほぞを咬む思いだった。
それから七年後、偶然に東京の書店で再販本に出会った。帯には新稿「オウムから空海へ」の文字が見えた。早速買って「序--オウムから空海へ」を読んだ。そこに「仏教者を現在化して自己の内部で語り継ぐという「方法の魂」を欠いてきた」仏教研究者や「手狭な護教的解釈に陥る」仏教学や仏教徒への厳しい指摘があった。その通りだと思った。
オウム事件に対する仏教者や仏教学者、とくに「密教、密教」と若い未熟なオウム信者に語られておいて何の反論も表明しない密教学界や真言各派の責任者の無関心ぶりに腹立ちを覚えていた私には、この指摘は歓迎だった。結局オウム問題には「宗」や仏教学界の中からは何も出てくることなく、松岡さんのような「知」人でなければものをいうことができないということを教えられた。
私は再び『空海の夢』を手にした。そしてこれを毎日かならず読むことを心に誓った。しかし、それはそれでよかったのだが、実際にはかならず読むことと内容がわかるということは別だった。読んでも内容がよくわからないのだ。最初の「序--オウムから空海へ」に一週間かかった。内容は半分もわかっただろうか。難行だった。やっと一ページ読み終わって次のページに進むとすぐ前のページのことがもうわからなくなっているのだ。この苦闘が延々と続くことになった。
●序--オウムから空海へ
松岡さんは最初に、『空海の夢』の目的が「空海をたんなる歴史上の人物として描いたわけではない」ことを明らかにしている。そしてヨーロッパとちがって日本においては「仏教者を自己の内部で自由に語り継ぐ「方法の魂」」を仏教界がつくってこなかったこと、「空海のような破天荒な想像力を展示した者は、ついつい仏教史の中で軽視されてきた」「ひょっとして仏教を思想化する方法に欠陥があったのではないか」ということを指摘する。
書店で再販本を見つけた時、実はこの章にオウム教団の若い信者が自明のことのように口にする「ポア」とか「四無量心」という殺人の教義的根拠への空海からの反論が書かれていることを想像し期待した。
しかし、松岡さんはそうではなかった。
「意識の制御」(マインドコントロール)からヨーガや瞑想の「意識と言語の中断」へ、そこに文字によって言語が記録されることが起こす「宗教論理の強力な発生」と「一字一句をまちがえてはならない言語体系の発生」へ、サンスクリットという教団用語から仏教の成立へ、外敵の侵入から護国手段としての仏教の密教化(組織防衛上の「来るべき王国」(護摩壇、マンダラ、オウム教団の擬似内閣・ホーリーネーム)の見立て)へ、密教の独立からチベットへ、中国へ、南海へ、の流出(オウムのロシア進出)へと、「仏教や密教が離陸する時に起こる随伴現象」を挙げながら、そこにオウム教団の特色をかさねて論じていく。
さらに松岡さんの目は、インド仏教の中国化や中国仏教の日本化にあたっても、同様のことが起こったことを追っていく。中国に(インド)仏教が定着するには儒教とタオイズムが、中国密教が日本化するには「華厳経」が深くかかわり、また不空の「密教ナショナリズム」や一行の「密教タオイズム」や恵果の「密教インターナショナリズム」が影響を及ぼしていることを、しかしそれは日本の宗教観が忘れる方向に走ったことを紹介する。
進んで、松岡さんは、宗教というものが自立期や転換期に苦悩するという。そして「宗教の議論はまず宗教者一人ずつの「魂の枯渇」からはじめなければならない」、と。次に、宗教者の表明活動を見ることを述べる。
また、最初期の宗教は「一人一人が異なった生き方をしているのに、そこに交換や交流がおこって共通の活動空間をつくっている」ゲマインハイトやコモンズだったが、次第に「似たような施設をつくり、似たような方法で、宗教的共同体をめざす」のだが、例えば「癒し」が閉鎖的な共同体に参加する人に限定されることになる問題がある、と指摘する。
なるほど、オウム教団のミニ国家に擬した企業に似た組織、共同生活体、仮想敵、リーダーの神格化、はこのコモンズのカルト化で、コモンズのとりちがえだ。
この序の最後に、松岡さんは「私の宗教哲学の一端」を十項目に分けて紹介している。
第一、 私にとって神とか仏というのは、「生成の分母」、「母なるもの」。 第二、 私が学びたいのは、ホワイトヘッドが言う「虚としての神」「敵としての神」「愛としての神」のいずれをも包摂する宗教。 第三、 私には、柿本人麻呂の歌・スピノザの詩にあてはまる、神仏の顕在が言葉や記号や言霊のアソシエーションによって表現される時、最も感動がある。 第四、 神仏の属性にハンディキャッパーとしての性格の投影があり、そこに人間の「弱さの起源」や「欠如の起源」を私は見たい。 第五、 儒教とキリスト教とイスラム教になかなか介入できないでいるのは、私が宗教に論理性よりも暗示性を期待しているせい。 第六、 ライプニッツとホワイトヘッドの影響だが、「神の数学」に関心がある。論理式の限界の果てに関心があるから。神と論理は敵対者に、神とコンピュータは競争者に。 第七、 断片的なものや部分的なるものに神々や諸仏の加護を感じることが多い。「神は細部に宿りたまう」という哲学。 第八、 折口信夫の受け売りだが、日本の神は「客神」、マレビトであって欲しい。一所常住でなく、絶対化をしない、単に「おとづれ」でもよい。 第九、 オカルティズムもニューエイジ・サイエンスも発想や構想が即自的すぎるのだろう。また安易に宇宙性や無窮性に自己意識をつなげすぎている。「他者の複雑さ」や「あてどのなさ」が宇宙論や自己論にも関与しなければならないと考える。 第十、 宗教とは信仰そのものではない。信仰はどこからどこにでもありうるが、宗教には民族も教団も財政もかかわる。宗教が明日も元気でいたいならコモンズとしての哲学を律していた方がいい。
『空海の夢』には松岡さんの遊学の驚くべき範囲を物語る人名・書名が登場する。この章に登場した人名・書名を念のためにあげておくことにする。
明恵、イエス、フランチェスコ、ロヨラ、サド、フロイト、富永仲基、幸田露伴、内藤湖南、岡倉天心、南方熊楠、土宜法竜、大村西涯『密教発達志』、山折哲雄、中沢新一、シチェルバトスコイ、マハーヴィーラ、カニシカ王、チャンドラグプタ王、トーラマーナ、ラジニーシ、般若三蔵、不空、一行、義淵、玄昉、恵果、富永仲基、親鸞、オーロビンド、清沢満之、麻原彰晃、ビンゲン、出口ナオ、大川隆法、ルドルフ・オットー、ミルチア・エリアーデ、ホワイトヘッド、プラトン、スピノザ、ライプニッツ、柿本人麻呂、道元、折口信夫、井筒俊彦、ゲーデル、パウル・クレー。
最近いただいた『遊学 I II 』では一四二人が語られている。こんな人と私は出会ったことがなかった。