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改正臓器移植法の施行の陰で

 私事ながら、7月8日、96歳の母が逝った。老衰、生きる力を一滴も残さず、自然な眠りのなかの安らかな最期だった。息子の情として、家族の想いとして、常に頭にあったことは、いかにして母を(母自身の生命の意思に従って、仏教でいう「法爾自然」のままに)無事にあの世に送るかということであった。延命治療を止めるとか、生命維持装置を止めるとか、後味の悪さが残ることだけはしたくなかった。家族みな納得の見送りだった。
 96歳まで充分すぎるくらい生きた母との別れでさえ、後悔のないように最善の配慮が求められた。見取る者にとって生きている肉親の最期を、後味の悪いものにしたくないからだ。私には、脳死状態になっても心臓は動き体温がある15歳未満の子から臓器を切り取り、その結果わが子の死期を自分の手で早めるような残酷なことは、喩え人助けであっても肉親としてとてもできないと改めて心に刻んだ。

 15歳以下のお子さんをもつ方々に聞きたい。
―皆さんのお子さんが万一、脳死状態になって生死の境をさまよいながら必死に生きようとしている時に、まだ心臓も動き体温もある、つまりまだ現に生きているお子さんの身体にメスを入れて臓器を切り取るむごいことを容認できますか。
 お子さんは臓器提供によって「人為的に」「強制的に」「あの世に送致」されるのです。これは立派な「殺人行為」です。親が自分の子を殺すことと同じです。親としてあるまじき行為です。
 臓器を切り取られた遺体を荼毘に付す時、心が痛みませんか。後味が悪くありませんか。後悔しませんか。臓器提供は必死に生きようとしているわが子の命を縮めてまでやることですか。それが本当に善行ですか、愛ですか、人道ですか。臓器を切り取られることなど知らずに逝ったとしたら、わが子が不憫になりませんか、後ろめたくありませんか、親としてわが子の命に最善を尽くしたことになりますか。
 自分の手でわが子の死期を早めるような薄情な親は、浮ばれないお子さんの(怨)霊を一生背負い、自分を責めて生きることになるでしょう。やがて気を患い、あるいは業病にとりつかれ、罪業によって死後は地獄に堕ちるかもしれません―

 去る7月18日、強引に「脳死は一律に人間の死」とし、15歳未満の子供からの臓器摘出、15歳未満の子供への脳死移植、本人の意思確認がなくても家族の承諾で臓器提供は可能、とする日本人の生命観や死生観や生命倫理を無視したおぞましい悪法が施行された。
 この暴挙は、ひとえに遅々として進まないこの国の脳死移植に業を煮やした関係者が、政治の力を借りて、国民的コンセンサスもないまま、国会の審議もそこそこに、昨年夏の衆議院解散-総選挙の直前に駆け込み可決したことから発している。
 脳死移植が美談でもなければ人道でもなければ仁術でもないことはすでに述べてきた。このサイトの「生命倫理を問う」をご覧いただきたい。改正臓器移植法が施行されても、関係者がいかに政治・行政の力を借りておぞましいこの医療行為を推進しようとしても、「脳死は人の死である」ことを日本人の死生観はこれからも認めないだろう。

 脳死移植には臓器売買ほかさまざまな由々しき問題が山積しているが、そこにまた新たな「生命倫理」問題が明るみに出た。脳死移植のプロセスの透明性を検証する厚生労働省の「検証会議」が、1年以上も開かれていないのである。以下、この問題を報じた新聞報道の一例を紹介する。
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◆厚労省の検討会 脳死移植32例未検証(3年以上の放置事例も)
 脳死移植が適正に行われたかどうかを調べる厚生労働省の「検証会議」(座長・藤原研司横浜労災病院名誉院長)が昨年3月から1年以上開かれておらず、2007年5月以降に国内で実施された計32例の検討作業が宙に浮いていることが(7月)17日、分かった。このうち2例は臓器提供日から3年以上放置されている。
「改正法施行で多忙」
 厚労省の臓器移植対策室は「改正臓器移植法施行に伴う準備で忙しいため」と説明、当面は開催する予定もないとしている。会議の委員からは早期再開を求める声が上がっており、移植医療に詳しい生命倫理学者は「脳死移植をめぐる手続きの透明性が損なわれている」と指摘している。
 臓器提供の大幅増を目指す改正移植法が17日に全面施行され、15歳未満の子供からの臓器提供も可能になったが、移植医療の信頼確保に向けた国の姿勢があらためて問われそうだ。
 検証会議は医師や法学者、精神的ケアの専門家など十数人の委員で構成。臓器提供のプロセスに重点を置いて①提供者に対する救命治療②法的脳死判定③日本臓器移植ネットワークのあっせん業務-について問題がなかったかどうか、資料の分析や関係者への聞き取りなどを通じて確認する。
 厚労省によると、国内でこれまでに法的脳死と判定されたのは87例(うち1例は臓器提供に至らず)で、55例目まではすでに検証が行われた。このうち金沢大病院(金沢市)で行われた46例目の検証では、同病院が脳死判定時の脳波検査の記録を紛失していたことが明らかになった。
 会議は、事務局の厚労省が開催時期の判断や日程調整などの庶務を取り仕切っている。従来、ほぼ半年に1回のペースで開かれていたが、昨年3月を最後に召集されておらず、07年5月、兵庫県の県立病院で40代の男性が提供した56例目以降の検証が行われていない。

◆透明性損なわれた(移植医療に詳しい東京海洋大の小松美彦教授(生命倫理学)の話)
 密室で行われる脳死移植の透明性を確保するため設けられた検証会議が1年以上も開店休業状態なのは大問題で、透明性が大きく損なわれているといえる。脳死移植は、臓器摘出を急ぐあまりに脳死判定や救命治療がおろそかになりかねない危うい医療だ。検証が適切になされているかどうかの評価は置いておくとしても、検証会議に与えられた役割は大きい。今後、小児も臓器提供者になるわけで、検証はますます重要になる。
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-以上、10年7月18日付、下野新聞より抜粋

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