相対と絶対-空海と荘子と湯川秀樹の知
Ⅰ 二つの空(くう)
ヒトは対象を観察し、言葉によって相対的に分別するが、その分別されたモノ・コトの存在を考察すれば
生じないし、消滅しない。
断絶しないし、連続しない。
同一ではないし、別でもない。
去ることはないし、来ることもない。
そのことを論証したのが、ナーガールジュナ(龍樹:二世紀、大乗仏教の論者。彼の考察を記した『中論(ちゅうろん)』によると、まず、「存在条件」の有無から始まり、「去来(動き)」「認識作用」「物質存在」「存在要素」「寿命(発生・持続・消滅)」へと論証は進み、確論となる「相対性」の考察によって、分別されたモノ・コトのすべては論理によって証明することはできないから、「空観(くうがん)」であるとした)である。
その<相対による存在の空(くう)>の論理の上に、空海(九世紀、インド伝来の密教第八祖)は実在する<絶対の一の空(くう)>を説く。
なんと大空はひろびろとして静かなのだろう。
万象をその中に一気に含み
大海は深く澄みとおり、一つの水(水という元素)にすべての生物が宿る。
このように、一は無数の存在の母である。
空間は現象を生じるための基(もとい)である。
(それぞれの)現象は(不変に)存在しているものではないが
(それでも)現象はそれぞれにそのまま実在する。
"絶対の空(空間もしくは虚空)"は現象の生じる場として存在し
その存在は特定の現象にとどまることはない。
現象し、実在するものは不変でないから
あらゆる現象が生起しても空間はそのまま空(くう)である。
(このように)空間があるから存在があり、存在があるから空間がある。
存在の分別による諸相は(論理によって)実証できなくても、現象と空間はそのままにして実在する。
だから、存在は(論理によっては)空想であり、空想であるものが存在する。
すべての存在はそのように"絶対の一の空(くう)"に実在する。
そのようでないものは何物もない。
空海著『十住心論』第七住心、大意の序より
こうして、空海は実在する世界を<イメージと単位>によって示し、論理による存在の空(くう)を超えた。(つまり、実在する空間としての空と、ヒトが論理によってとらえる存在の空を一つにし、極めて物理学的な世界観を築いた。そして、その世界を示すにあったて、相対的な論理ではなく、包括的なイメージと単位によって、現象と空間が実在していることを一気に説いた。この実在世界を誰も否定できない。その世界の中でヒトは生きている。しかし、ヒトが論理によって世界を識別しようとするから、混乱してしまうのだ。)
Ⅱ 知魚楽(魚の楽しみを知る)
荘子(そうし:紀元前四世紀、古代中国の思想家)の説くところをまとめた書に『荘子』がある。その秋水篇第十七に以下のような話がある。
ある日、荘子と友人の論理学者の恵子(けいし)が遊びに出かけた。出かけた先は豪(ごう)川の梁(やな)に魚の集まるところであった。
梁の早瀬を見ながら、荘子が言った。
「魚はいいなあ。のびのびと自由に水の中を泳ぎまわれて。これこそが魚の楽しみというものだよ」
ところが、恵子はこういった、
「きみは魚ではないのに、魚の楽しみなど分かるはずがないだろう」
荘子、
「きみはぼくではないのに、どうしてぼくが魚の楽しみが分かってないと分かるのだい」
恵子、
「ぼくはきみではないのだから、もちろんきみのことは分からない。だから、きみももちろん魚ではないのだから、きみには魚の楽しみが分からないといった論理になるだろう」
荘子が答えた。
「話を初めに戻してみよう。きみはぼくに『お前は魚ではないのに、魚の楽しみなど分かるはずがないだろう』と言ったが、それはきみがぼくのことをすでに分かっているから言えることだよ。きみがぼくの立場に立っていてくれたということが、すでにぼくのことを分かっていることじゃないか。そうだよ、濠川のほとりにいても、ぼくには水の中の魚の立場が分かるのだ。そして、その泳ぐ楽しさが自然に伝わってくるのだ」
恵子は真理を説明するのに相対の論理を用いたが、荘子は絶対世界を感得し、その場に現出している世界と一体化している。荘子が魚になり、魚になった荘子が水の中を自由に楽しく泳いでいる。その荘子(ぼく)と恵子(きみ)も一体化した世界に今、実在する。しかし、恵子にはその一体化した包括的な世界が分からない。なぜなら、論理によってモノ・コトの真理をつかもうとしているからだ。
ノーベル賞学者の湯川さんもこの「知魚楽」を自ら訳し、「荘子が魚の楽しみを知ったように簡単にはいかないが、いつかは素粒子の心を知ったといえる日がくるだろうと思っている」との感想を語られている。絶対世界の希求者として、恵子の説く論理の実証性と実証されないが実在していないとは云えない荘子の世界に遊ぶことを心得ておられたのであろう。それはそのまま空海の説く世界"絶対の一"とも結びつく。
Ⅲ 百代の過客(無窮の旅人)
李白(りはく:八世紀、中国の詩人)の「春夜、従弟の桃花園に宴する序」の詩に以下のような句がある。
夫(そ)れ
天地は万物の逆旅(げきりょ:宿屋)なり
光陰は百代の過客(かかく:旅人)なり
天地は空間であり、光陰は時間(月日)である。時間は無窮の旅人であり、そのすべての旅人が空間を宿屋とする。物理的にいうとそのようなことになる。
時間の無窮の旅人、それが存在であり、その存在の究極が物理学でいう素粒子である。素粒子の宿屋とはどのようなものであろうか、そのことをノーベル賞学者の湯川さんが晩年に考察されていた。
「素粒子の奥には宿屋があったのである。それは物質という物質が百代の過客として投宿し、また旅立っていく宿屋であった。その宿屋の名が<素領域屋>だったのだ」とある。
素粒子の旅人は相対性によって、その個々のちからとはたらきを実証できるが、その背後にある<素領域>という名の未だ証明できない宿屋を湯川さんはイメージしていた。だが、その宿屋は時空を超えていて言葉で説明することが難しい。そこで、その宿屋のイメージを荘子の説く<渾沌(こんとん:もやもやしていて、すべてが分別されることなく、全体がひとつにまとまり、まるく溶け合っている状態)>に求めた。
その宿屋(四次元時空の連続体らしきもの)の場は渾沌としているが心地好いときを過ごすことができ、そこから時空が生み出されている。しかし、時間と空間は相対性によって論理化できるが、宿屋の場は分別以前の渾沌イメージの世界である。(したがって、「何をもって」イメージとし、それを「何とみなすか」をイメージするという別々のイメージをつなげる観想によってのみとらえることのできる場であるから、その"絶対の一"のもやもやした場を相対性によって論証しようとすればその場は消える。この世界、荘子の「知魚楽」の説くところと同じものである。)そこにこそ、論理を超える絶対世界が実在すると湯川さんは考えていた。
この、(時空のすべての背後にある)絶対世界が存在するならば、その宿屋の主人として、投宿する旅人をもてなす器量をもっていたのが荘子と空海である。
荘周屋は森羅万象の真理を絶対イメージをもって寓話にし、広大無辺のイメージの巧みでもって、客のこころの疲れをもみほぐした。
弘法屋は物質・生命・意識からなる包括的な絶対世界のイメージをマンダラの美しい敷物にしてコンパクトに折りたたみ、あるいは曲げ、あるいは捩じり、投宿する客が訪れると必ずそれを広げてもてなした。
(それらの宿屋の総本家は渾沌屋である)
例えるならそのような場であろうかと思われる宿屋には無窮の旅人(彼らの多くは時空が織りなす美しい風土の旅人であった。自然界の中にヒトは実在し、旅人はその持ち前の個性<からだと言葉と意識>によって、自然のもつ深淵なる宇宙の背後に迫ろうとした)が投宿していった。その客の中に、李白がいて、芭蕉(ばしょう:十七世紀、江戸前期の俳人。『おくのほそ道』は「月日ハ百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」という一文で始まる)がいる。(そして、今日のノーベル賞「創造性(自然科学と人文科学)」に寄与した多くの偉人たちも)
今日も世界の何処かの風土のなかで無窮の旅人がその宿屋に投宿し、それぞれの壮大なる空(くう)の夢を見ている。その夢は時空を超えて結び付いている。